色彩コラム

HISTORY & ESSAYS

色は「固定値」ではなく「移ろい」の設計だった
01.

色は「固定値」ではなく「移ろい」の設計だった

和色の多くは、植物・土・鉱物・器物など“現実のもの”に寄り添った命名です。そして衣の世界では、表裏や重ねで色を作るため、同じ色名でも見え方が揺れます。京都宮廷文化研究所が整理するように、重(表裏)・襲(重ね着)・織(経緯の対比)といった構造そのものが配色理論でした。現代のUIに置き換えるなら、これは「単色を当てる」より「レイヤーと透過で色を作る」思想です。

万葉の“色”は、光の方向を持っていた
02.

万葉の“色”は、光の方向を持っていた

万葉集の枕詞「あかねさす」は、単に赤いというより「照り映える」光のニュアンスを伴い、紫野や標野の背景まで呼び出します。色は“感情の形”であり、“場の気配”でもある。だから日本語の色表現は、説明ではなく喚起になります。

源氏物語の衣は、恋と教養のインターフェース
03.

源氏物語の衣は、恋と教養のインターフェース

平安の社交では、色がそのままセンスと教養の証明になりました。光源氏が女性たちへふさわしい色合わせの装束を贈る「衣配り」は、当時の色彩感覚を読み解く鍵として語られます。さらに位階の制度としては、禁色や位袍が整備され、たとえば天皇の位袍色として黄櫨染が制定されたこと、皇太子の当色が黄丹であることなどが説明されています。美は自由でありつつ、同時に秩序でもあった。この二重性が、和色を“格調”あるものにしています。

染料という「自然の技術」が、色の物語を支えた
04.

染料という「自然の技術」が、色の物語を支えた

紅花・蘇芳・紫草・蓼藍・刈安など、染料植物は色の背骨です。古い記録(延喜式など)を手がかりに再現が試みられてきたことも語られています。だから和色を使うとき、最終的に効いてくるのは“色相”より“素材感”です。紙、布、土、金属、漆。媒体を選ぶほど、色が物語を取り戻します。